京都に住んでいる人は京都観光をしないそうだ。清水、八坂、知恩院へ行っても、自分が住んでいる所と同じ土地の匂いがする。だから、京都に限らず、身近にある観光地へは行かない。「♪知らない街を歩いてみたい どこか遠くへ行きたい」という気持ちになれない。
日常からの離脱、漂泊観! はたまた、甘美な仮想逃避にはならないからだ。
愛する人とめぐり逢いたい
どこか遠くへ行きたい
愛し合い信じ合い
いつの日か幸せを
(『遠くへ行きたい』 詞:永六輔・曲:中村八大)

ウォーキングを兼ねて、家から2㎞ほどの太子町(南河内郡)へ梅を見に行ってきた。
梅といっても花ではない。墓である。
太子町には、日本の礎を築いた古代の偉人達が眠っている。敏達、用明、推古、孝徳(孝極)天皇、そして、聖徳太子の墓がある。地図で見ると「梅鉢」の家紋に似ていることから「梅鉢御陵」とよばれている。

聖徳太子廟がある叡福寺にバイクを停めさせてもらう。そこから500mほど歩いて用明天皇陵へ。また、500mほど歩いて推古天皇陵へ。
堺・羽曳野の仁徳・応神天皇陵のように、平地に土を盛って造られたのではなく、山裾の小山を利用して造られた御陵なので坂道が続く。
さすがに疲れて、温かい缶コーヒー買って、近くの小さな公園で一休み。大昔にも誰かが、ここで一休みしたのだろうか?
日曜日とあって、リュック背負ったウォーカーが前を通りすぎて「こんにちは!」と挨拶してくれる。
「こんにちわ!」

なんとなく元気が出て、800mほど歩いて、前回書いた竹ノ内街道沿いにある孝徳天皇陵へ。ここで、ほっと一息。ここからは下り坂。のんびり歩いていると、坂下から自転車に乗った小学生が上がって来て、「こんちは!」と元気よく挨拶してくれる。
「こんちわ!」

♪愛する人とめぐり逢いたい♪
「愛する人」とは、恋愛の対象となる人とは限らない。「自分を受け入れてくれる人」なんだ。
竹之内街道という交通の要所であったが故に、旅人をもてなす、受け入れる人情が残っているのだろう。自分の住んでいる所と風土は似ていても、人情が違うのだ。
どこか遠くへ行かなくとも、近くに愛する人がいて、どこかでつながっている。
縁は異なもの、味なものである。