河内のおっさんのblog

大阪南部の南河内の歴史と文化、風土に育まれた笑いと人情の紹介です。

畑200 / 種まき

昨日3日は、一粒の種が万倍に育つという「一粒万倍日」。
加えて、黄金色の毛が金運をもたすという「寅の日」。
もう一つおまけに、太陽が隅々まで明るく照らしてくれて、すべての物事がうまくいくという「大明日」。
こんな大吉日に、じっとしていては運を逃す。
朝の早から畑へ行って、蒔いた蒔いた蒔きました。
イカにキュウリ、カボチャにマッカ。
ダイコン、ニンジン、インゲン、ゴーヤ。
縁起担いで、ソーリャソラソラお祭りだ!

数日前に70歳をむかえた。
「人生七十古来稀なり」。
中国は盛唐期の詩人、杜甫漢詩「曲江」の中の一句が「古希」の出典となった。
 朝(ちょう)より回(かへ)りて日日(ひび)春衣(しゅんい)を典(てん)し
 毎日 江頭(こうとう)に酔いを尽くして帰る
 酒債は尋常 行く処に有り
 人生七十 古来稀(まれ)なり
 花を穿(うが)つ蝶々は深深(しんしん)として見え
 水に点ずる蜻蜓(せいちょう)は款款(かんかん)として飛ぶ
 伝語(でんご)す 風光は共に流転
 暫時(ざんじ)相(あひ)賞して相(あひ)違(たが)ふこと莫(なか)れと。

かなり意訳だが、杜甫の気持ちと自分の気持ちを照らし合わせた。

今日の日終えて酒を酌む、その日暮らしの年金生活
いずれ逝くときゃ独りじゃないか、ついぞついぞの酒に酔う
明日はままよで、酒屋のツケもままならない
人生七十 古来稀なり
蜜を求めて蝶が舞う、花の向こうでひらひらと
水面をかすめてトンボ飛ぶ、のんびり長閑にすいすいと
風よ光よ生あるものよ、明日は明日の風が吹く
あるがまんまにその日を生きて、あるがまんまを喜び合おう

杜甫が飲んでいる酒は、王様に敗戦の責任を負わされた鬱憤を晴らすためのヤケ酒である。
だから、「人生七十 古来稀なり」は、「70歳まで生きるなんて、昔からめったにあるまい」の意になる。
だからこそ思うがままに生きてやれ……という、開き直りの愚痴になる。
杜甫が47歳の時だ。
その後、杜甫は七十を迎えることなく58歳で亡くなっている。
  ◆
「人生七十」など当たり前の時代になった。
さしずめ、今なら「人生百十」といったところか。
どうせ人生、長く生きても110年。
贅沢な生活など望むべくもないが、せめて蝶々やとんぼのように、気持ちだけはのんびりとありたいものだ。
開き直れば、少しはいいことあるかもしれない。
「人生七十」は、開き直って新たなスタートの種を蒔く歳なのだ。